コンプレックスまみれ
40、50の歳になってまで、
コンプレックスを大事に抱えて生きているひとがいる。
たとえば、分かりやすい例で言うと、
「本当は●●になりたかった」「本当は●●大学に行きたかった」なんて、
かつて破れた夢を、未だにネチネチと他人に話す。
そこまであからさまじゃなくても、
自分がなりたくてなれなかった職業に就いているひとや、
自分が行きたかった大学を卒業したひとに対して、
やたらとぺこぺこしたり、ごまをすったり、その裏で悪口を言ったり…
こういう行動をとっているひとも、まさにコンプレックスの塊である。
なぜコンプレックスから抜け出せないのか?
それは「上しか見ていない」からである。
たとえば、大学がどーのこーの言う奴に言いたい。
「じゃあ、中学高校しか出ていないひとはどうなんね」
俺は別に、中卒高卒のひとが「下」だと言いたいわけではない。
高校しか出ていないけれど、世のためひとのために働きつづけ、
国から相当格上の勲章まで貰ったひとを、俺は知っている。
そのひとの前で、大学がどーのこーのというコンプレックスの話が、
いったい何の意味を持つだろうか?
コンプレックスから抜け出せないのは、上ばかり見て、
自分の立場以上のものを、いつまでも求めているからに過ぎない。
「コンプレックスを抱えて苦しんできた」と言いながら、
自分より立ち位置の低いひとに対しては、意外と区別差別したり、
平気で馬鹿にしたりするひとが多いのは、そのせいである。
上下まんべんなく目をやって、自分の立場ってものを理解しない限り、
もっている能力を役立てることはできないし、
運も金もやってこない人生になる、と俺は思う。
上ばかり見てたら、足元もふらふらするだろ?
そういうことなんだよ。