日本の精神科医療の現実②

以前、「俺は何のスペシャリストか」という記事でも書いたけれど、

昨年6月に改正された精神保健福祉法の施行(4月から)が迫ってきた。

 

この法改正の肝となっているのは

保護者の義務規定の削除など、家族の負担を減らすことであり、

患者を、地域や社会で受け入れていこうという方向性である。

 

これにより今後、精神科医療にまつわる諸々のことがどう変化していくのかは、

もう少し時間をかけて慎重に見ていかなければならないだろう。

 

だが、現場にいる人間として、最近、はっきりと感じることがある。

それは、医療機関の「早期退院」の促進ぶりである。

 

俺が携わっている患者のなかには、

長期入院を余儀なくされているひともいる。

 

彼らは過去に、精神疾患による幻覚・妄想により、

「家族に○○されている」と被害妄想を抱き暴力を振るったり、

家の財産などに激しく執着して、親兄弟を半殺しの目にあわせたりしてきた。

 

俺は、彼らにもなんとか自立の道がないものかと、

本気塾」で受け入れて、頑張ってきた。

しかし、スタッフはおろか第三者に危害を加えたり、

外に出れば、窃盗や無銭飲食、不法侵入などを繰り返してしまうため、

入院治療という選択肢しかなかったひとたちである。

 

薬物療法のおかげで、表面的には落ち着いて見えるが、

妄想が固定化していることは、

月に一度の面会時の様子や、事務所にかかってくる電話でも明らかである。

 

ある男性は、自分のことを歌手や野球選手だと思い込み、面会のたびに

「僕がデビューしたときのCDを探してもらえますか」

「この間、ワールド・ベースボール・クラシックに出場して、

テレビに映りました」などと言う。

 

しかしこんなことを言っているときは、まだ状態が良いほうで、

気分が昂ぶっているときや、何か気に入らないことがあるときには、

「○○さん(うちの女性スタッフ)が犯罪を犯しているんで、

110番通報していいですか」

「○○さんと△△さんは、死んだ方がいいんじゃないんですかね」

「○○と△△を殺してやる…殺すぞ!!」

……という、非常にぶっそうな電話を、執拗にかけてくる。

 

俺からすると、病状はまさに一進一退という感じで、

とても「良くなった」とは思えない。

それにも関わらず、医療機関から退院を促されているのである。

 

妄想があること、それによって「殺す」という言動があることを訴えても

「妄想があるのは分かっていますが、それはもう治らない部分なので」

と主治医は言う。

 

もちろんこの背景には、国(厚労省)による

「入院医療中心の精神医療から、地域生活を支えるための精神医療の実現」があるのだが、

過去に何度も、妄想に基づく事件を起こしている患者が、

事件がらみの妄想を呈しているにも関わらず、

退院を進める話がでるとは、驚きである。

 

それでは、患者たちの今後や、生きていく居場所について、

医療機関側(医師やケースワーカー)に何か得策があるのかといえば、

「家族が面倒をみられないなら、施設に入所できれば退院ということでかまいませんか?」

と言うだけである。

 

俺は「本気塾」で何年も彼らと向き合ってきたからこそ、

彼らの歩みをすべて理解、認識した上で、受け入れができる民間の施設など、

あるわけがない!! と断言できる。

 

医療機関で、プロのスタッフによるケアを受け、

定期的な服薬もできているからこそ、

かろうじて今の状態が保たれているだけである。

 

彼らの主治医や職員は、それが分かっていないのか、

あるいは分かっていて見ないフリをしているだけなのか。

「早期退院は国の方針です。病院は終の住処ではありませんから」

と繰り返すだけだ。

 

こういう言葉が開口一番に出る医師や職員ほど、

患者のこれまでの人生の歩みなどはまったく把握しておらず、

こちらが経緯を話そうとしても、耳を傾けようとしない。

決まりきったセリフを繰り返す、ロボットみたいだ。

 

医療やその周辺に携わっていれば、

時に患者の突然の死に遭遇することもある。

 

俺が医師から聞いたエピソードには、

患者が退院の翌日に自殺をしてしまったり、

患者からかかってきた電話に出られなかったその数日後に、

家族から「亡くなった」と知らせを受けたり……。

そういったケースに遭遇することも、少なからずあったと言う。

 

そのたびに医療に対峙する姿勢をあらためて考えさせられ、

転機になったと、彼らは語った。

そういう先生は、長い目で患者のことを考えていたし、

家族に対しても寄り添ってくれていた。

だいたいが年輩の先生で、もう引退されてしまっているのだが……。

 

一方で、今、患者の主治医を務めているような年代の医師には、

患者ひとりひとりの人生や、家族の人生に関わっているという覚悟も、

その重さを推し量る心も、感じられない。

 

そういう医師たちを育ててきたのは、この国の方針であり、

病院の経営方針でもあるのだから、

彼らだけを責めることは、もちろんできないのだが。

 

それにしても、すごい時代になってしまった。

 

こういった精神科医療の現実については、

同じような問題を抱えるひとが身近にいない限り、

気づかない、知らない類のことだろう。

 

「自分には関係ない」と思う人が、ほとんどなのかもしれない。

 

だが果たして、本当にそうだろうか?

また果たして、それでいいのだろうか?