日本の精神科医療の現実③

昨日の記事では医師にばかり焦点をあててしまったが、

日本の精神科医療のグレーゾーンは、

もっと全体的な構造にある。

 

法改正含め、国の方針もそうだし、

医療機関のなかで、役割が細分化されていることもそうだ。

 

医師も看護師にしてもソーシャルワーカーにしても、

それぞれが、専門の役割を担っている。

個別にみたときには、より、プロフェッショナルになっているとも言える。

 

しかしそれゆえに、たとえば昨日の記事で書いたような患者や、

トラブルを起こしがちな対応困難な患者などは、

あっさりと切り捨てられてしまうのである。

なぜなら、彼らの仕事の範疇を超えてしまうからだ。

 

ケースワーカーや看護師が入院期間だけを見て、

退院の話を持ち出してくることは、よくあることだ。

主治医が「退院」などとひと言も言っていないうちから、

患者がその気になってしまうような言動をとる職員すらいる。

 

知り合いの精神科医がこっそり教えてくれたことだが、

対応困難な患者に関してはとくに、

入院日数が長いなどの理由から「早く退院を」と、

医師に突き上げをくらわす職員もいるらしい。

医師が「まだ退院は難しいな」と診断しているにも関わらず、だ。

 

そんなことができるのは、患者の人生よりも、

自分の仕事(社会復帰を促す、ベッドの回転率をあげるなど)を

最優先に考えているからにすぎない。

 

俺やうちのスタッフは、この点に関して、病院職員と揉めることもある。

しかし、俺たちが責任の所在を追及すると、彼らは必ず、

「主治医に聞いてみましょう」と言って逃げてしまうのである。

 

役割が細分化され、それぞれがプロフェッショナル化するということは、

実は、責任の所在を曖昧にすることなのかもしれない。

 

これは、どの業界、企業でも同じ気がするな。

 

危機管理だコンプライアンスだと騒ぎ立て、

部署やら部門を増やしたおかげで、

小さな仕事しかできなくなっている。

「あっちがこう言った」「こっちがああ言った」と、

責任も、たらい回しにされている。

 

「大局を見て考える」ことができるひとも、

圧倒的に少なくなった。

 

しかしこれも、社会が成熟した証の一つなのだろう。

なんとも皮肉なものである。