空想を生きる
仕事で受けている相談業務ではなく、
たとえば飲み屋でたまに顔を合わせるようなひとから、
突如、複雑な家庭の事情や家族の問題など、
ヘビーな話を打ち明けられることが、よくある。
おそらく俺自身が、会話のなかで、
相手のこころのボタンを押すような言葉を、
投げかけてしまっているのだろう。
初対面の相手と話す内容なんて、
仕事のこと、生まれた場所、育ってきた経緯、家族のこと…、
大抵が、そんな話である。
普通のひとは、そこに互いの共通点を見いだしたりして、
和気藹々と盛り上がるのだろうが、
俺の場合、少々つっこんで話を聞いてしまう。
これはもう、職業病みたいなものだな。
だから相手も、すんなりと胸襟を開いてくれることがある。
(もちろん、拒絶するひとは拒絶するが)
そんな感じで何度か顔を合わせるうちに、
人生相談みたいになっちゃった奴もいる。
こいつはまだ若いのだが、
年齢的にも人生の節目のときで、私生活にもトラブルを抱え、
うじうじうじうじ、思い悩んでいた。
顔を合わせるたびに相談を持ちかけてくるので、
俺もけっこう真剣に、生育歴やら家族のことやら、
突っ込んで聞いていた。
そのうちそこに、いろんな矛盾やおかしいことが出てきた。
本人は混乱してますます思い悩んでいるから、
俺は、きっぱりケジメをつけるしかないとアドバイスした。
そしたらそいつは、親のところに乗り込んでいって、
「本当のことを教えろ」と迫った。
とうとう親は、自分たち(両親)の来し方も含め、
そいつの出生にまつわる本当のことを白状したらしいのだが、
それは、そいつが今まで親から聞かされてきたことと、
まるっきり違う話だったんだ。
おそらく親は見栄や体裁から、都合の悪いことは塗りつぶし、
取り繕って子供に言い聞かせてきたのだろう。
しかしこうしてすべてがつまびらかになってみれば、
天地がひっくり返るような話である。
自分が信じてきた両親像、自分の生まれ、
そういったことが全部、嘘だったんだからな。
「自分は今まで、空想の世界を生きていたのですね…」
そいつは、半ば呆然としながらつぶやいたよ。
まったく、空想を生きていて、人生がうまくいくわけがない。
そいつには同情を禁じ得ないし、
他人事ながら、その親にも怒り心頭であるが、
今、気づいて、現実の世界に戻ってこられたことは、
良しとしなければならない。
そいつもしばらくは落ち込んでいたが、
時間とともにスッキリした顔つきになってきて、
最近は、あんまりうじうじ、言わなくなった。
良かったなと、俺は思うんだ。
空想を生きていても、しょうがないからな。