全部めくったときに何が出てくるか…①人間
頭がいいとか見てくれがいいとか、金をいっぱい持っているとか、
人間を評価するときには、いろんな物差しがある。
しかしそれらは結局、オプション、飾りであって、
外側を全部、めくったときに何が出てくるか…、それが、そのひとの本質ではないだろうか。
今日は、“人間”が出てくるひとの話。
F子は、今から10年以上前、歌舞伎町のクラブでホステスをしていた。
俺が初めて会ったときは、見た目も振る舞いもアニマルちゃんそのもので、
顔はガングロ、頭は金髪を通り越して真っ白、という出で立ちで店に出ていた。
F子は、そのクラブに入店するまで三年間、覚せい剤にどっぷりつかっていたという。
クラブは歌舞伎町でも有名な大箱で、俺が信頼しているホステスの姐さんもいた。
俺は、薬物依存症の女性を預かると、まずはそこのクラブに連れて行き、
姐さんに一発、説教かましてもらうことが常だった。
俺が預かるシャブ中の女性陣は、ホステス経験者が多かったので、
自分と同業の、それも経験も人間力も格段上の女性から一喝されると、
皆、とりあえず目が覚めるんだよな。
そんなわけで、俺の仕事のことをよく知っていた姐さんが、
逆に、F子を俺に紹介してきたのである。
俺もF子に、「覚せい剤なんかもう絶対やるんじゃねーぞ」と説教をかまし、
俺の仕事の現場を見たいというので、見せてもやった。
F子は、姐さんや俺から覚せい剤のことを相当厳しく咎められ、
「こりゃあ、やばい」と感じるものがあったらしく、本気ですべてを絶つことを決めた。
それからF子はクラブをやめ、俺の紹介で二丁目のママの店で働き、
三ヶ月で100万円の金を貯めて、海外に飛んだ。
F子は英語が話せるわけでもなく、海外に頼れるひとがいたわけでもなかったが、
人間関係も環境もすべて断ち切って、それこそ海外にでも行かないと、
シャブもやめられないと思ったのだそうである。
F子は海外で語学を勉強し、金がなくなると、
誰にも告げずにこっそり日本に帰国して、また100万稼ぎ、海外に飛んだ。
そうこうするうちに、二ヶ国の外国語を操れるようになり、今は現地で働いている。
外国人の旦那とも知り合い、家庭も持ったそうである。
もちろん、あれから薬物の類いは、一切やっていない。
アルコール依存や薬物依存からの脱却を語るとき、
「立ち直れるのは、100人に一人」と言われることがある。
これが統計的・数字的に正しいのかどうかは分からないが、
「それだけ難しいことだ」という例え話としては、正しいと思う。
俺もずいぶんたくさんのアル中、ヤク中その他諸々と関わってきたが、
「こいつはもう大丈夫だろう」と確信を持って言えるのは、ほんの二、三人である。
皆、一度は立ち直りたいと言って俺のところに来るわけだが、
やっぱりやめられなくて戻ってしまったり、一応、やめてはいるが、なんとも危なっかしい状態だったり……
という人間のほうが、圧倒的に多いのである。
そういう中で、三年間も覚せい剤にどっぷりつかっていたF子が、
自力で立ち直ったことは、俺からすると、奇跡のようなものである。
そもそもなんで薬物をやめようと思ったのか。F子に聞いてみると、
「クラブの姐さんも、二丁目のママも、押川さんも、本気で自分のことを叱ってくれた。
そういうひとの言うことを聞くのは、当たり前じゃん」
と、なんとも素直な答えが返ってきた。
この素直さ、理解したことをすぐに行動に起こせる瞬発力……。
これが非常に、“人間”らしいと俺は思う。
めそめそしたり、誰かに依存したり、そういうシモっぽさが、まったくない。
シメっぽさじゃないぜ、俺が言いたいのは、あくまでシモっぽさだ。
ようするに、下半身でモノを考えない、言わないんだよな。
頭でちゃんと考えて、自分を律して行動することができる。
F子が覚せい剤に手を出したのは、周りの人間から常に「お前なんか」と蔑まれ、
自分を理解してくれるひとがいなかったからだ、という。
俺が思うに、F子は、もとは頭のいい人間だから、
かえって周囲の人間と波長が合わなかったんだろうな。
もっともF子は、今さら過去を他人のせいにしたりしない。
「悪いことをしたのも、間違った生き方をしたのも自分なんだから、
親や周囲のせいにはできない。
自分でケツを拭くしかないじゃないですか」
そういう経験があるから、腹が立つようなことがあっても、感情的になったりしない。
仕事でミスをすることもある、上司にネチネチ叱られることもある。
そういうときは、正々堂々謝罪に行って、かえって相手と信頼関係を結んでしまう。
F子はたしかに薬物に手を出し、褒められない過去も持っている。
だけど、それらを全部、めくってみたとき、
“人間”が出てきたなあと、俺は思うのである。
明日は、全部めくったら“動物”が出てきちゃったひとの話をするつもりだ。