鉄格子の向こう側

20131101

 

もう30年も前の話だけど。

高校に入学したばかりの頃、学校帰りに自転車こいでたら、 どっかからギャーギャーワーワーわめく声が聞こえたんだ。

俺はてっきり、自分が呼ばれているのかと思って、声のするほうに近づいた。

そしたらそこには精神科病院があって、わめき声は、病室の窓から聞こえていた。

 

窓は背伸びしても届かないくらい高いところにあったんだけど、

俺は俄然、興味がわいてしまってさ。

近くの酒屋に走って、ビールケースを四個ばかり借りてきて、窓の下に積んだ。

 

窓には鉄格子がはまっていた。

その向こう側で、妙齢のおっちゃんたちが、ギャーギャーワーワー叫んでた。

みんな髪はボサボサだし、目はうつろだし、ヨダレやら鼻水やら出ている人もいるし。

なんていうか浮世離れしている人ばかりだったから、俺はすごくびっくりした。

まあ、向こうも俺を見て、すごくびっくりしていたんだけど。

 

彼らが窓のほうにわらわらと寄ってきたので、俺は聞いた。

「おっちゃんたち、何しよんか?」

「閉じ込められとるっちゃ!!」

おっちゃんの一人が答えた。

それから俺は、授業をサボっては、そこに遊びに行くようになった。

 

他校の不良と喧嘩したり女の子と遊んだり、俺はけっこう忙しい高校生活を送っていたんだけど、

それでも週に2~3回は遊びに行ってたな。

鉄格子の向こうにいたのは、だいたい40~60歳くらいのおっちゃんで、

たまーに、白髪混じりのおばちゃんもいた。

長崎とか、遠くは広島から連れてこられて入院してるって人もいた。

 

みんな家族には絶縁されていて、面会に来る人もいないから、

俺が来ることが唯一の楽しみだったんだろうな。

俺のこと、「坊主」って呼んで、可愛がってくれたよ。

「ビール買ってこい」とか「タバコ買ってこい」って命令されて、

自腹きって酒屋まで買いに行ったりもした。

今はそんなこと絶対できないけど、昔はそこらへん、すごくのんびりしてたんだよ。

 

学校生活に忙しくって、しばらく間が空いてしまうと、

「お前も精神病院に入院させられちょんかと思ったよぉぉ」

なんて、心配された。

だから俺は、学校がない夏休みなんかにも、せっせと通っていた。

 

ときどきフッと、昨日までいた人の姿が見えなくなることがあった。

「○○さんどうしちょん?」って聞くと、「殺されたっちゃ!!」って。

さすがの俺もびびったね。

何が理由で亡くなったのかはわからないけど、みんな「殺された」って言うんだ。

家族にも会えず、外にも出られずだったから、 彼らにしてみたら、

どんな死に方だろうと「殺された」ように感じられたのかもしれない。

 

当時は、精神疾患に関する情報も知識も、今みたいに社会に認識されていなかった。

精神科病院は、「脳病院」って呼ばれていたくらいだし、

俺に向かって「お前、そんなことしちょったら脳病がうつるぞ!」って言う同級生もいた。

ボコボコに殴られ、ロープでぐるぐる巻きにされた状態で連れてこられた患者の姿も、何度も見かけた。

ここの病院がどうこうっていうんじゃなくて、そういう時代だったんだ。

 

三年間、高校に通うのと同じように、鉄格子の窓にも通ったけど、

俺が知っているだけでも、八人が、ひっそりと死んでいった。

一人亡くなると、また新しい人が入ってくる。

退院したっていう話は、一度も聞かなかった。

 

高校卒業の日、俺は彼らに会いに行った。

「東京に行くけえ、もう会いに来れんちゃ」

そう告げると、おっちゃんたちは泣いていた。

俺も胸にぐっとくるものがあって……

あれは、たまんなかったな。

 

懐かしい話をしてしまった。

だけど、こういう出来事が今の俺を作ったんだなあと、 ときどき思い出すんだよ。