大立ち回り
昨日は緊急業務が発生し、早朝のまだ暗いうちから動いた。
依頼を受けて、入院の準備を進めていた対象者が、暴れているという。
対象者は40代の男性で、統合失調症と診断されているが、
あるときから、通院も服薬も、やめてしまった。
そのため、生活は不規則になり、真夜中に大音響で音楽を聴いたり、
家族に向かって大声で怒鳴ったりすることがある、という。
一方で、一人で外出して買い物をするなど、行動範囲は広いそうだ。
正直言うと、面談の時点から、何かあるな…という予感はあったのだが、
家族が「どうしても説得してもらって、医療につなげたい」と言うので、
俺は、複数回、家族からのヒアリング・面談を重ねたうえで、
年内の医療保護入院を目指して、依頼を受けることにした。
ところが、昨日の早朝、本人が暴れ出すという緊急事態が起き、
警察に保護されたところで、うちの事務所にも連絡が入ったのだ。
警察からは、23条通報(措置入院)の提案もあったそうだが、
うちのスタッフがあらためて確認したところ、
本人は警察署に来てからは落ち着いており、
措置診察ではどう診断されるか分からない、という回答だった。
(何度も説明してきたことだが、措置入院は、
警察官の前でも暴れているような、よほどのレベルでないと、
保健師の面談や、医師の診察をクリアできないのだ)
措置入院に至らなかった場合のことを考えると、緊迫感だけが募った。
本人と家族をそのまま家に帰したら、何が起きてもおかしくない。
それは警察もよく分かっていて、
その後の家族の対応にまで、気を揉んでくれていた。
俺はそこまでの経緯を聞いて、家族の命、そして本人の命を守るためには、
医療保護入院という形で、今すぐ医療に結びつけるしかない、と判断した。
そこから俺は、入院先の病院の確保をスタッフに命じ、
移送車両の確保を速やかに行い、本人を迎えに行った。
実は一昨日の深夜の時点で、家族からうちのスタッフに
「本人が第三者とのトラブルを抱えている可能性がある」という話があった。
断片だけ聞いても、かなりのオオゴトで、
しかも、ずいぶん前からの話だという。
そのような大切な情報を、なぜヒアリングや面談の場で言わないのか。
おそらく、オオゴトの部分を告げたら、依頼を断られるとでも思ったのだろう。
こうして情報を小出しにする家族ほど、必ずウラがある。
スタッフからその報告を受けて、あらためて俺は、
「この家族の業務は、一筋縄ではいかないだろう」と、覚悟を決めていた。
だからこそ、緊急事態を迎えても、
比較的、冷静に俊敏に、動くことができたと思う。
しかし、警察署で初めて本人と対面して、俺は驚いた。
たしかに表面的には落ち着きを取り戻していたが、
ひとたび話しかければ殺気立ち、会話も成り立たないような状態で、
ようするに、家族から聞いていた本人の様子とはまるで違ったのだ。
警察署を出て、車両に乗り込む前には、急に大暴れをしだし、
最終的には、パトカー数台・警察官数十名に取り囲まれる事態となった。
そして朝日も昇り、あたりが明るくなった頃、
彼は暴れ疲れて、とうとう眠ってしまった。
その素足を見て、俺はまたしても、驚きを隠せなかった。
どう見ても、何かの病気を患っているとしか思えない、足の状態だったのだ。
(俺は医者ではないので診断はできないが、
糖尿病の壊疽に似ていないだろうか……?)
こんなに重大なことさえ、家族からは、ひと言も聞いていない。
家族は気づかなかったのだろうか?
ここまでひどい状態で、そんなことがありえるだろうか?
もし気づかなかったのだとしたら、よほど関心がなかったのか……。
本人だって生活上、不自由だったはずである。
心底可哀そうな奴だと、俺は思った。
肝心の家族はと言えば、この緊急事態の最中、そしてその後も、
あくまでも「自分たちのため」という姿勢しか見えなかった。
結局は俺も、そのコマの一つとして、利用されたにすぎない。
しかし俺は別に、腹を立てたりしない。
今回も、非常に多くのことを学ばせてもらったと思う。
そして現在、このような案件を一手に引き受けざるをえない状況にあり、
【家族】と、【保健所・医療機関】の板挟みになっている警察には、
いつものことながら、頭が下がる思いだ。