患者の高学歴化
精神疾患の疑いがあるひとを医療に結びつけることが
難しくなってしまった一因に、対象者の高学歴化があると思う。
俺が移送をはじめた約20年前にも、
高学歴の持ち主で、心の病気になってしまうひとは一定数いた。
でも彼らは、単に成績が良いだけではなく、
文芸や芸術などにも造詣が深くて、人間的な豊かさも兼ね備えていた。
そういうひとだから、いろんなことを深く考えすぎちゃって、
こころのバランスを崩してしまったのかな、と思ったくらいだ。
彼らに「説得してくれ」と言われても、
アタマの悪い俺では、対等な会話などできるはずもなく、
率直な物言いや、丸出しの人間らしさでぶつかっていくしかなかったけど、
かえってこころが通じることのほうが多かったように思う。
最近は、俺のところにもたらされる相談の対象者も、
それなりにトップクラスの学歴をもっているひとが増えた。
でも、かつてのような人間的な豊かさ、余裕がなくて、
表面的なロジックだけは身につけている、という例が非常に多い。
どうみても社会規範からはずれた生活をしていて、
親のことも暴力や暴言で支配して、依存した生活を送っているのに、
それを正当化する異常なまでのロジックを持っている。
まあ、俺から言わせれば「屁理屈」以外の何者でもないのだが、
親はまともに反論できずに、ただ、黙って従うようになる。
俺も説得の場では、人間同士の会話をしたくて何とか頑張るのだが、
ああ言えばこう言う、の連続で、挙げ句の果てには
「人権」「法律」の話を持ち出され、「訴えるぞ」とか言われるのだ。
精神疾患の疑いのある人に対して対応をとっている専門家たち
(たとえば自宅訪問をしている保健師や、トラブル時に駆けつける警察官など)
にとっても、非常に対応の難しいタイプだと思う。
法律や精神科医療のシステムに関する豊富な知識だけでなく、
交渉術のような専門的なテクニックがないと、とても渡り歩けない。
病院の医師や職員にとっても、こんな患者は面倒くさい。
だから、表面的には丁寧な対応をしてもらえても、
根本のところで向き合ってはもらえない。
相手にしてくれるのは、親だけ、ということになるが、
その親だって本人が怖いから言うことを聞いているだけであって、
内心では、本当にうんざりしているのだ。
結局は、他人から大事にしてもらえず、愛されもせず、
損をしているのは本人だと思うのは、俺だけだろうか。
人間、学歴だけを身につければ良いわけじゃない、ということが、
こういった精神保健分野の問題からも、よく分かるのである。