自分に何ができるか

昨日のブログのコメントで

「自分には何ができるでしょうか」

というご意見があった。

 

実はテレビ放映後、うちの事務所宛にも、けっこうな数の

「そちらで働きたい」、「何か協力できることはないか」

というありがたい申し出をいただいている。

 

俺は会社を大きくしたいという野望がまったくないので

今のところ、求人やボランティアを募る予定はない。

 

協力の申し出をくださった方々には申し訳ないが、

こんな俺への応援の言葉として、ありがたく受け止めている。

 

「自分には何ができるか」

という質問に、俺なりに答えを返すとすれば、

まずは自分の周りに目を向けてほしい、ってことだ。

 

今回の著書を書いている間にも、担当編集者やうちのスタッフとは、

この本が一般の方々に受け入れられるかどうか、何度も話し合った。

 

精神疾患を題材としており、中でも重度の事例が並んでいるので、

「特殊な」家庭の話と思われてしまう懸念があったのだ。

 

だが、俺からすると、ここまで最悪の状態にはなっていなくとも、

予備軍の家庭はかなりの数、あるのではないかと思っているし、

家族だけじゃない、親族、友人知人、職場の人、近隣の人…

そこまで視野を広げたときには、この問題が多少なりとも、

身近なものに感じられるのではないだろうか。

 

もちろん、そういう家庭にいきなり飛び込んでいって、

助けてあげてくれ、と言いたいのではない。

 

まったくの他人事として捉えるのではなく、

いつでも当事者になりうるという想像力を持って、

気にかける、心にとどめる、そういう気持ちを持ってほしいのだ。

 

精神保健に関わる家族の問題に関して、

今や保健所をはじめとする公的機関には、相談が殺到している。

 

うちの事務所にかかってくる問い合わせでも、

相談者である家族が、公的機関では相手にしてもらえずに

半ばパニックになりながら、電話をかけてくる。

 

こころの問題、家族関係にまつわる問題だからこそ、

身近なひとに話すこともできず、自分の中だけにため込んでいる。

 

周囲に、少しでも理解を示してくれて、本音で話ができるひとがいれば…と思う。

もちろん、それで問題が解決するわけではないが、

気持ちは楽になるだろうし、今後について、冷静に考えることもできるだろう。

 

いざというときに関わってくれる家族以外の人物がいるかいないか、

この差は、家族の問題に踏み込むに当たっては、非常に大きい。

 

俺はこの仕事を20年近くやってきて、本当に肌で感じているのだが、

今は、面倒で、危なっかしくて、厄介なものやひとを、

最初から、簡単に排除する世の中になってしまった。

 

だからこそ、まずは自分の家族、親族、友人知人、職場の人、近隣の人…

そういう身近なひとたちと、本音で向き合って生きているか、

ときには「おせっかい」と言われる関わりをもって生きているか。

そこんところを考えてみてほしい、と思う。

 

ブログのコメントには、医療従事者をはじめ精神保健分野で働く方々、

子供の非行問題に携わっている方からも、熱いメッセージをいただいている。

 

俺は常に、そのときのベストのやり方で立ち向かっているが、

それを、すべてのひとに押しつけるつもりはない。

 

そもそも専門家の中には、もっと素晴らしい能力をもった人が、たくさんいる。

俺はまさに、きっかけを作っている一人でしかなくて、

志を持ってやってはいるが、「精神保健分野の発展を!」なんてことを、

声高に叫ぶような身分でもない。

 

ただ、こうやって同職種、または他職種の方々と

ときには意見交換し、切磋琢磨しながら、

問題を抱える家族、そして対象者と真剣に対峙していきたい。

 

そして、どんな相手であっても縁あった以上、

人間と人間のつながりを、意味あるものとして受け止めていきたい。

 

そう思っているだけなのだ。