レビューから
amazonに「『子供を殺してください』という親たち」
の書評(レビュー)がいくつか入っており、興味深く読んでいる。
その中に、「人材育成の側面をもったビジネス書でもあると感じた」
というレビューがあり、ほほう、そういう読み方もあるのか、と感心した。
以下に引用させてもらう。
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読了した。この本は専門書であるとともに、人材育成の側面をもったビジネス書でもあると感じた。内容は他の読者のレビューで掴んでいただけると思う。昨今多くの話題と熟考の機会を与えてくれた家具屋姫やナッツリターンの事例にあるように、親子の関わり方、育て方は永遠のテーマである。
押川氏のこの書籍にも親子の関係性に多くの問題提起が読み取れる。そこから我々は何を学ぶべきか、どのように立ち振舞うべきかを自身に問う最良の書籍である。文体は非常にわかりやすく歯切れよい。一言で言うなら読みやすい。だからこ流し読みにならないよう一文一文を噛み締めて読むべきである。そして答えは自分自身の内省にあることを頭に入れておくべきである。
家庭を会社に置き換え、親を上司に置き換え、部下である子供をいかにして育てるかを考えながら読み進めるとこの本はビジネスとりわけ人事に関わる立場の人には多くのヒントを与えてくれる。子供(部下)の能力を無視した育成により心を壊した事例、親(上司)のエゴにより壊れてしまった事例など、ここに取り上げられている事例の犠牲者は全て子供である。だからこそ否定的でない内省の立ち位置を取りながら読んでいただきたい。何かに気づくはずだ。
考える機会を与えてくれる本こそ名著であると私は思う。
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たしかに、上に立ち教え導く者がいて、
これから成長していく者がいる、という構造は、
親子も、組織における上司と部下の関係も、同じである。
俺が常々、問題を抱える家族に携わっていて感じるのは、
家庭での教育において、「手作り感がない」ということだ。
どの家庭も、子供に対して物や金は十分に与えているのだが、
どうも「既存のレールありき」ということが多い。
「こういう塾、こういう学校に行かせれば良いだろう…」、
「こういうことができているから、うちの子は大丈夫だろう…」
などと表面的なところで評価や判断を下し、
肝心の、我が子の個性や得手不得手などをよく見ていない。
だから子供が一度でもそのレールからはずれたときには
親の方が、慌てふためいてしまうのである。
俺もこれまで、若者の自立に携わってきた身だが、
すでにあるルールや枠組みの中に、彼らを組み込んでいくやり方をすれば
○○の学校を卒業できた、○○の資格をとれたなど、表面的な結果は出やすい。
しかし、それではその子のオリジナリティを伸ばせないし、
ヘタをすると大人に対して、「こうしておけばいいのだろう」というような
要領の良さを増長させてしまうこともある。
個性を伸ばし、そのひと「らしさ」のある生きる力や、
何があってもメシだけは食っていける力を育てるには、
こちら側も十把一絡げの対応ではだめだ。
頭をひねくり回し、相手が「参った!」と思うような対応、
アイデアで、勝負していかねばならないのである。
それが面倒に思えるのか、近頃は、
家庭でも組織でも、「育てる」ということが
ないがしろにされている気がする。
個性が強くて扱いづらい子供(若者)がいると、
どうやって伸ばそうかというよりは、枠に押し込めようとし、
場合によってはさっさと排除してしまう。
俺が若いひとを育てるときに思うことは、
意味のある辛抱はさせなければならないが、
我慢をさせてはいけない、ということである。
やる気がある、志がある、努力をしている奴の話は、
どんなに荒唐無稽で面倒な話であっても、
耳を傾けてやるべきなのだ。
そのうえで、いかにして試練や課題を与え、成長を促すか。
思い切ってチャレンジしたことに対して、どれだけバックアップできるか。
失敗したときのケツを拭いてやれるか。
それが、年長者の腕の見せどころだろう。
上からの意味のない押しつけは、ときに、相手の精神崩壊すら招く。
家庭であっても組織であっても、そのことを忘れてはならない。
今日はamazonのレビューから、俺もいろいろ考えされられた。
このレビューを書いたのはきっと、どっかの大企業のオーナー社長か何かに違いねーな。