家族を丸ごと説得なのだ!
コメントの返信ができていませんが、いつもありがとうございます。参考になるご意見も多く、ブログ内で返信していくつもりです。今後も活発な議論をよろしくお願いいたします。
-----------
先日、6月から携わっていた説得移送のXデーを、関係各所の協力の下、無事に終えることができた。
今回の対象者は、俺が携わる以前に、家族が医療につなぎ、統合失調症と診断され、精神科への医療保護入院歴があったが、院庭散歩の許可が出た際に、脱院して自宅に戻ってしまった。
家族は再説得できず、そのまま退院(治療中断)となった。入院期間は三ヶ月にも満たず、病識を持たせることも、服薬の習慣をつけることもできなかった。
そのため、帰宅後は症状も悪化の一途をたどった。妄想が強いために家族と揉めたり、深夜早朝問わず広範囲にわたって徘徊をしたりして、たびたび警察沙汰となった。一刻も早く医療につなげるべき状況であったが、本人には病識がないために治療を受ける気はなく、保健所等に相談しても、病院確保、移送とも「家族でやってください」と言われてしまい、家族は途方に暮れていた。
面談の席で、年老いた父親は言った。「押川さんにしか助けてもらえません」「どうか見捨てないでください」
とはいえ、本人と配偶者(夫)との関係は悪化しており、年老いた両親にも、本人と向き合うだけの気力がない。治療と平行して家族関係の立て直しも求められるようなケースであった。
家族は、自宅近くの精神科病院を探していたものの、脱院の過去もあり、病院からは、危機介入が必要な対応困難な患者であると足元をみられ、「保護室が数ヶ月先まで空かない」といった言葉で、体よく断られていた。
たしかに、自宅に近すぎる病院では、前回同様、脱院の可能性は否めない。そこで俺は、転地療法として地方の医療機関での入院治療を家族に提案し、患者の背景まで理解した上で受け入れてくれる病院の確保に、奔走した。
そして迎えたXデーである。
視察調査を開始した頃、本人は外食をするなど食欲旺盛な様子もみられたが、猛暑のせいもあったのか、Xデーを迎える間際には水分補給しかしていない状態だった。俺が自室に足を踏み入れたときには、ぐったりとした様子で布団に横たわり、重病を患った人のように激痩せもしていた。
それでも俺が声をかけると、本人はものすごい勢いで話をしはじめた。俺は彼女を説得し、入院の同意を得て、民間の救急車両に乗せたのだが、医療機関に移送するまでの一泊二日の車中でも一睡もせず、俺やスタッフに向かって延々と話し続けた。
その大半は、「夫から食事に毒を盛られた」「夫に盗聴・盗撮されている」「夫にひどいことをされた」という話である。その内容は、傍からみれば荒唐無稽で、家族も「精神疾患による被害妄想だ」と捉えていた。しかし家族は、本人に「病気だ」と告げることはせず、妄想とおぼしき会話も、すべて肯定するかたちで対応していた。
かといって、本人が安心できるような言動を返せるわけでもないため、彼女自身は妄想を事実として証明しようと、ますます躍起になっていたのである。
俺からすると、親子関係や夫婦関係は破綻しており、家族の中途半端な対応こそが、病状の悪化を招いているように思えた。説得の最中も、夫が何か口を挟むたびに、彼女は俺の腕をつかみ、「この人の言うことを信じるのか!!」と訴えた。
その目は真剣で、あまりにも悲愴感が漂っており、ここまで被害妄想を抱くに至った過程には、精神疾患だけでなく、家族(夫婦)関係を理由とする何かしらの真実もあるのだろう、とも思った。
俺は、客観的に見て、夫がおかしいと思うことについては、それを指摘し、夫に対してかなり厳しいことも言った。その代わり本人にも、今の生活を続けていたら命の危険があること、過去に入院した病院の医師から、「診療情報提供書(紹介状)」ももらっており、きちんと治療を受けなければならないことを、明確に伝えた。
俺が説得をする際に大事にしているのは、「命を守る」「人間関係をつくる」ことだと、以前に書いたことがある。もう一つ、付け加えるとしたら、「本当のことを言う」ということだろう。
本人が社会復帰し、地域社会で多くの人に支えられ、行政・福祉の制度を利用しながら守られて生きていくためには、必要に応じて医療にかかる、服薬をする、医療従事者をはじめ専門家と人間関係をつくる、といったことが必須である。
そのためには、まずは正しく病識をもつことである。その第一歩として、誰かが正面切って、「あなたは病気である」「治療が必要である」ということを、はっきりと伝えなければならないのだ。
ちなみに、「保健所精神保健福祉業務における危機介入手引」(平成18年度地域保健総合推進事業「精神保健対策の在り方に関する研究」)には、以下のような文面がある。
「本人への受診の説得は、相談員(注:精神保健福祉相談員)が行うのではなく、保護者等家族が本人を心配する気持ちとして受診を勧めることを基本とし、相談員はそれを補助する」
つまり受診への「説得」は家族が行い、相談員がそれを補助すると書いてあるのだが、俺が今回携わった家族のように、人間関係が破綻し、「説得」どころか「本当のこと」さえ言えない家族は、少なくない。
そもそもこの手引きは、平成19年(2007年)に発表されたものであり、精神保健福祉法の改正により、保護者制度が廃止された現在、「誰」が責任をもって「説得」を行うのかについては、明確になっていない。
結果、今や、精神疾患における危機介入の最前線の対応が、警察当局に丸投げされていることは、何度も繰り返し述べてきたとおりである。
今回、医療につないだ患者さんとは、今後も人間関係が続いていく。これまでの事前調査で得た情報も含めて、本人のことをより深く知り、彼女が地域社会で生活できるよう、面会を通じてサポートをする。
夫は夫で、退院後の本人をしっかり支えられるよう、生活を立て直さねばならない。嫁さんの信頼を得られる男に、生まれ変わってもらわねばならぬのだ。
双方への「説得」は、今後も続いていくのである。
(10刷 6万6千部)