国は今こそ、「ひきこもり」の定義を、より明確にせよ

精神症状としての「ひきこもり」と「社会的ひきこもり」の間にある溝

私が携わっている「ひきこもり」の方々は、精神疾患(疑い含む)があり、適切な治療が必要な状況にありながら、医療につながれていない重度の患者である。それゆえに私には直接、関係のないことであり、私見でもあるのだが、一つだけ確信をもって断言しておこう。

近い将来、オープンダイアローグ・ネットワークジャパンや日本家族研究・家族療法学会のバックアップを得て「社会的ひきこもりの人権を守る会」が正式に発足され、それを支持する政党も現れるだろう。そして「社会的ひきこもりの人権を守る会」は、違法性の疑われる引き出し業者(NPOも含む)根絶に向けて、大いに意義のある会になるはずだ。

 

その一方で、最難関の現場を見てきた私の立場から、言っておきたいことがある。デイリー新潮の記事で引用されている、大阪大准教授蔭山正子氏の「精神障害者は家にひきこもることが多く、自分からは出向けない。精神障害者の4分の3が治療につながっていないとの指摘もあるほどだ(コメント一部抜粋)」との指摘もさることながら、昔から精神科医の間では、精神疾患の症状としての「ひきこもり」という認識はあった。

一つ例をあげれば、統合失調症の陰性症状の強い患者は、家に「ひきこもる」ことが症状の一つとしてある。

なお厚労省のガイドラインでは、「ひきこもりは原則として統合失調症の陽性あるいは陰性症状に基づくひきこもり状態とは一線を画した非精神病性の現象とするが、実際には確定診断がなされる前の統合失調症が含まれている可能性は低くないことに留意すべき」と定義されていて、いかにも曖昧である。

 

「ひきこもり」が増加の一途をたどり、社会における「ひきこもり」への理解、解釈がさまざまに広がりをみせる中、一つ注文をつけたいのは、今こそ「ひきこもり」の定義において、前述したような精神疾患の症状としての「ひきこもり」と、「社会的ひきこもり」とは、介入・支援の方法も含め、明確に分けて考えられるべきだ。

そして今後、厚労省やメディアも、「社会的ひきこもり」とは別に、精神疾患の症状としての「ひきこもり」があることを、積極的に発信すべきだ。さもなくば、家族の混乱は続き、医療につなげるべき人が「ひきこもり」として家庭内に放置されるという事態が、延々と続くことになる。

 

ちなみにアメリカのひきこもり研究の第一人者(精神医学博士)は、アメリカのドキュメンタリーで「ひきこもり」をepidemic(流行病、伝染病)と断言し、何十万人もの若くて健康的な社会貢献者が問題を抱え、vanish(消えてなくなる、姿を消す)つまり社会の目から消えゆくあると表現している。

私は、現実に「vanish……消えゆくあるのは、重度の精神疾患を抱えながら精神科医療につながっておらず、家族や第三者からの支援もないまま、家庭内に「ひきこもって」いる方々だと思っている。また、そういう方々にこそ第一優先で手厚い支援が行われて然るべきだ、というのが、私の軸だ。

 

精神疾患の症状としての「ひきこもり」と、「社会的ひきこもり」との違いを明確にすることは、「社会的ひきこもりの人権を守る会」発足の意義をますます深めることにもなるのではないか。これは皮肉でもなんでもなく、違法性の疑われる引き出し業者をvanish(消滅)させることは、「社会的ひきこもり」の立場の方にこそ、担えることなのだ。

 

 

介入・支援が入り乱れる一因は

実は私も過去に、家族から「(精神疾患の疑いのある)本人が自宅にひきこもっている」と相談を受け、複数回にわたる面談の結果、移送業務こそ請けなかったが、本人を適切な医療につなげ、退院後は障害者総合支援法による障害者福祉サービスを受けながら地域で生活できるよう、その方法をアドバイスしたことがある。

家族は、アドバイスのとおりに行政機関や医療機関をまわり、移送は管轄の保健所から紹介された民間業者を利用し、無事に本人を医療につなげることができた。ところが家族は、三ヵ月の入院治療を経て退院後、地域での生活を選ばず、いわゆる引き出し業者の運営する施設に本人を入所させてしまったのだ。

それ以降は当然だが、家族から私への報告も途絶えた。私は大きな疑義を抱き、独自にその施設の情報を収集した。その施設では、外出や服薬も含め厳重な管理を行っており、重度な精神疾患をもつ人こそ、逃げ出したくとも逃げ出せないという現実があることが分かった。

 

なぜ家族が引き出し業者を利用するのか。家族にも問題があることはもちろんだが、移送含め行政による介入・支援が、長きにわたり後手にまわってきたからこそ、起きていることでもある。そして今や、介入・支援がますます入り乱れている一因として、精神疾患の症状としてのひきこもりと、社会的ひきこもりの区別が曖昧にされてきたことも挙げられよう。

このように、違法性の疑いのある引き出し業者に関する重大な問題は、自ら声を上げることも難しい、精神疾患の症状としての「ひきこもり」状態にある患者さんにこそ、起きている可能性が高い。違法性の疑いのある引き出し業者が、そういった患者さんまでもをターゲットにしていることこそ、この問題の根幹なのだ。人権派の弁護士の方々には、ぜひこの本質を捉え、患者さんを救い出し、解決してもらいたい。

 

そして私は、「ひきこもり新聞」のように当事者の声を代表するメディアこそが、マスメディアでは取り上げられない、これら【真の】実態に、そしてその背景にある家族の問題に、ジャーナリスティックに斬り込んでくれることを期待している。

 

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