押川が着目! 市川ストーカー殺傷事件は防げた!!

11月27日、千葉県市川市のJR本八幡駅近くの路上で湯浅栞さんが刺殺された事件について、新聞、テレビ各局が続報を流している。

逮捕されたのは、元交際相手の岡逸人容疑者であるが、俺は、この事件が起こる前の詳細な経緯を知れば知るほど、「湯浅栞さんが、殺されずにすむ方法はあった」「岡逸人容疑者が、殺人犯にならずにすむ方法はあった」と、腹立たしい思いにかられている。

 

まずは、各社のニュースを引用する。俺が、「今回の事件は防ぐことができた」と思うポイントである。

「女を殴った」。9月24日、湯浅さんの実家を訪れた岡容疑者は大声を出して自ら110番をかけた。
実際には殴った事実はなかったが、駆けつけた警察官の前で湯浅さんに対し、「今の交際相手と別れろ」と自分との復縁を要求。湯浅さんが「『もう家に来ないでください』と言ってほしい」と話したため、警察官はこれ以上同じことをするとストーカー行為になると警告。岡容疑者が素直に従ったため、兄に引き渡した。その際、「精神的に不安定なため、心療内科の受診を勧められている」と話していたという。
しかし、1カ月後の10月24日、岡容疑者は湯浅さんの実家から約1.7キロ離れた市川市内の路上で大声で泣きわめいているところを通報され、再び警察に事情聴取された。「女を取られた」と一時錯乱状態だったが、まもなく冷静になったため親族に引き渡された。

引用:産経新聞 2013年11月29日

同月(10月)二十四日、岡容疑者は市川市内で「路上の真ん中に人が座り込んでいる」と住民から通報され、市川署員に保護された。この際「女をとられた」と泣きわめくなどしていた。署は言動から精神障害の疑いがあると判断し、保健所に通報していたという。

引用:東京新聞 2013年11月29日 朝刊

湯浅さんが9月に相談したあと、事件が起きるまでの間、岡容疑者には異変がありました。
先月(10月)24日、市川市内の路上で「女性をとられた」などと泣きわめいて騒ぐトラブルを起こしていたのです。警察は岡容疑者を保護し、言動におかしい点があるとして、今月(11月)5日、保健所に通報していました。しかし、このとき、警察は、女性に復縁を迫った男だとは把握できていませんでした。市川保健所の内本美鈴次長は、「警察からの情報などで、緊急を要すると判断したならば違った対応となったかも知れない」と話しています。

引用:NHK NEWSWEB 2013年11月29日

また、捜査本部によると、岡容疑者は精神疾患で通院歴があったことも知人などの証言から分かったという。岡容疑者は、千葉県内の土木関係の会社を約1カ月前に退職。会社は慰留したという。湯浅さんとの交際のもつれが関係しているかは不明だが、精神的に不安定になっていたために、会社から通院をすすめられていたという。

引用:日刊スポーツ 2013年11月29日

 

各社の記事によって多少の誤差があるため、俺なりの推測も含め、時系列に並べてみる。

9/24 自ら110番通報し、警察から厳重注意と受診勧奨される。

10/24 本人が路上トラブルを起こし、住民による110番通報により、警察に保護される。まもなく冷静になったため、親族に引き渡される。

11/5 なんらかの理由(おそらくは家族からの通報)で警察に保護され、警察は保健所に「第23条」による通報をした。

 

記事から推測するに、この岡容疑者は、事件の前に三度、警察から対処され、最終的に、【精神障害の疑いがあると判断し、保健所に通報】されているのである。

この保健所に通報という部分だが、これはおそらく「精神保健福祉法第23条」による通報だろう。俺の経験上、それしかありえない。一般の人にはほとんど馴染みのないシステムなので、以下に、「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」から引用しておく。

(警察官の通報)

第23条 警察官は、職務を執行するに当たり、異常な挙動その他周囲の事情から判断して、精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認められる者を発見したときは、直ちに、その旨を、もよりの保健所長を経て都道府県知事に通報しなければならない。

 

俺は長年、精神保健分野の仕事に携わってきたので、この「精神保健福祉法第23条」による通報が、どれだけハードルの高いものか、経験としてよく知っている。なぜなら、この「精神保健福祉法第23条」通報をしたところで、当事者がスムースに医療にかかれるわけではないからである。

警察官が、精神疾患からくる自傷他害行為のおそれがあると認めて本人を保護し、保健所に「第23条」による通報をすると、まずは保健師が本人と面談をする。そこで保健師が、指定医の診察が必要だと判断すると、精神保健指定医の診察を受けることになる

そして、二名以上の精神保健指定医の診察の結果、措置入院に該当すると一致した場合、都道府県知事または政令指定都市の市長が、精神科病院等に入院させる。(精神保健福祉法27条、29条の、「措置入院」)。

行政措置による強制入院であるため、入院の決定までには、これだけの手順を踏まなければならない。そのため警察も、「第23条」通報に該当するかどうかの判断は、人権上の問題も考慮に入れて、慎重をきしている。

 

実際に俺も、相談者につきそって警察に相談にいくことがあるのだが、この「第23条」通報に該当するかという話になると、警察官自ら「誰が見てもおかしいと思うような、よほどのレベルでないと」「ハードルはとても高い」と言うほどである。

だからこそ俺は、警察が(おそらく)「第23条」による通報を行ったという記事から、今回の岡容疑者の事件前の言動には、かなりの精神症状が出ていたのではないかと、推測するのである。

 

にもかかわらず、なぜそこでスムースに医療につなげることができなかったのか。実はここに、精神保健分野の、悪しき習慣ともいうべき問題(グレーゾーン)が横たわっている。

俺はこれまでに、何千件という家族からの相談を受けてきたが、家族がとにかく口をそろえて言うのは、何かあってからでは遅いからと、医療機関や専門機関に相談に行っているのに、「保健所からも病院からも、何かあったら110番通報するようにと言われた」ということである。

保健所や精神科病院からこのように言われてしまうケースは、当事者である本人に、ひきこもりや無職、無為、うつ、焦燥感、強迫観念などがあり、ささいなことに反応して、家族に対して暴言や暴力をふるったり、感情の起伏が激しく、中にはナイフや凶器を持ち出すなど、一歩間違えれば事件になる可能性が高いケースがほとんどだ。

だからこそ保健所や病院は、このような相談の段階で介入が難しいケースは、対応困難、処遇困難とみなし、「何かあったら110番通報を」というアドバイスに帰結している。家族が、医療の助けを求めているにもかかわらず、である。

だが、こういったケースの当事者の大半は、暴力や危険な言動に伴い、精神疾患の症状も呈している。たとえば、不眠、風呂にも入らない、うつ、疎通性に乏しい……などである。だからこそ家族は、なんとか本人を医療につなげたいと考える

ニュースから読み解く限りだが、岡容疑者にも、職場の人が精神科への受診をすすめるほど、精神的に不安定な様子があったとのことである。

 

以前、押川が見た! ストーカー事件の本質 【民事半分、刑事半分】でも書いたが、ストーカーに限らず、こういった当事者に対しては、精神科医療からのアプローチが、ひとつの解決策だと思っている。

当事者は、自分がまいた種とはいえ、恋人に振られたり、家族や友人からも敬遠されたりと、とにかく孤立している。だからこそ、まずは「ひととつながる」ことだ。その第一歩として、「こころ」の専門家である医師や看護師とつながる。医療機関で「こころ」の専門的な治療を受ける。それ以外に、真の意味で当事者を助ける方法はないのだ。

だが、本来、当事者と医療機関を積極的に結びつける立場であるはずの保健所が、こういった事案に対しては、常に及び腰なのである。「警察に相談にいってください」「何かあったら110番通報を」このアドバイスは、俺には「事件になるまで待ってください」と言っているようにしか聞こえない。

そして今回まさに、「事件になった」ではないか! それも「殺人事件」だ!

 

市川保健所の次長が取材にこたえ、「警察からの情報などで、緊急を要すると判断したならば違った対応となったかも知れない」と話したようだが、現場の実態を知っている俺からしてみれば、この発言は、体裁を整えるだけのポーズにしか聞こえない。

なぜなら保健所は、日ごろからこういった相談を膨大な数、受けているのである。警察からの情報があろうがなかろうが、放置することがどんな問題を引き起こすか、予測はついたはずである。

 

ここからは、俺が過去に携わったケースの話になるのだが、数年前に、まさに今回と同じようなケースの相談を受けた。相談に来たのは加害者側の親で、「子供が元交際相手のストーカーをしている」ということだった。本人(子供)は、実際に刃物を持ち出して元交際相手の家まで押しかけ、事件になっていた。

その後も本人は部屋に引きこもり、風呂にも入らない、昼夜逆転の生活をしていた。家族とはまともに会話をせず、口をひらけば「元交際相手を殺したい」「一緒に死にたい」ということばかり言っているという。

俺は第一に警察に相談し、措置入院に該当しないかと試みた。しかし本人が保健所職員の前で大人しくなったことで、保健所職員の判断により、嘱託医の診察を受けるまでもない、非該当の判断を受けた。本人が刃物ざたの事件を起こし、今でも自傷他害のおそれがある言動を繰り返しているにも関わらず、だ。

本人には、自分のとっている言動が社会規範に反しているという認識もなく、入院治療への理解も乏しかったため、俺は、保健所を怒鳴りあげて精神科病院を探させ、本人を説得したうえで、保護者の同意による医療保護入院というかたちで、医療につないだのだ。

その後本人は数ヶ月の入院と、数年にわたる通院(カウンセリング)により、今では「殺したい」「死にたい」と言うこともなくなり、人間関係のトラブルを起こすこともなく、働き、自立している。

このケースを省みるだけでも、俺は、今回の市川の事件は防ぐことができた事件だと思うし、湯浅栞さんの命も救うことができた、と思うのである。

俺は経験上、この警察官通報に関しては、保健所がすべての実権を握っている、と確信している。今回の事件に関して、俺はこれから、実際に調査、取材を行う予定だ。俺が何十年と理不尽に思っていた保健所の対応の実態が、今回の事件によって完全に露呈しているのだ。

世論は警察の対応にばかりメスを入れるが、保健所の対応にもメスを入れ、体制を変えていかない限り、このような事件を防ぐことはできないのだ。