押川の提言
俺が「精神障害者移送サービス」を始めたのは、1996年のことであるが、直後から、マスコミからの取材を受けるようになり、ドキュメンタリーとしてテレビで放映され、「子供部屋に入れない親たち」という本も書いた。
そんな俺の活動を目にした識者やコメンテーターの中には、「移送は、都道府県(実際には各自治体の保健所)がやるべき」と言う者もいた。
1999年には、精神保健福祉法の改正により、「第34条(医療保護入院のための移送)」が制定されてもいる。
ちなみに、「第34条(医療保護入院のための移送)」とは、「医療保護入院が必要な状態にある精神障害者、もしくはその疑いがある人を精神保健指定医が診察し、精神障害者と判断し、ただちに入院させなければ、自傷他害の自体に至るような場合で、入院について本人の同意が得られないと判定されたものについて家族の同意を得て、都道府県知事の責任で(実際には都道府県職員が)精神科病院に移送する(応急入院の場合は家族の同意も不要)」という内容のものである。
しかしこういった制度が制定されてもなお、俺のところには、「助けてほしい」という家族からの相談が殺到した。それどころか、県の障害福祉の部署から、移送業務を委託したいという問い合わせや、予算の見積もりを出してほしい、という依頼もあった。
制度の運用は各自治体に任されており、行政による移送がまったく行われていないわけではないのだが、件数は少なく、身寄りのない人や、生活保護者が優先されている。一般家庭の問題に関しては、家族がいくら相談に訪れても、選択肢の一つとして提示されることすらなく、形骸化しているも同然なのだ。
そして、2014年の法改正により、国(厚労省)は「入院治療中心から、地域社会中心へ」と舵を切ったのだが、その理想とは裏腹に、医療につながることさえ難しく、苦境に立たされる家族、そして対象者が増えている。
相次ぐ親族間の殺傷事件、近隣トラブルの事件化……その背景に、「精神科への入通院歴があった」「意味不明な言動があり、刑事責任能力の有無についても慎重に調べている」といった説明が付け足されることも、少なくない。
このような事件を未然に防げないことが、「精神障害者は危険だ」「怖い」という無用な差別にもつながる恐れがあり、俺はそれを非常に危惧しているのだ。
誤解のないよう申し上げておくが、大多数の精神障害者の方々は、定期的な通院や服薬をすることで、仕事をしたり家庭をもったり、ごく普通の生活を送っている。
ではどうしたら、「最悪」ともいえる状態にある、対応困難な家族の問題を解決できるのか。
俺の提言は、「初動対応・介入・連携」ができる専門家=スペシャリスト集団を、国が率先して作るべきだ!! というものである。
今や、対象者(患者)を支える専門機関は、実はたくさんある。保健所、医療機関、18歳未満の児童のことなら児童相談所。自立や就労を支援するNPO法人、民間の施設も無数にある。身の危険があるときには、警察も介入してくれる。適切な医療につながることができれば、年金や福祉制度など、経済的な支援も充実している。
足りないのは、それら専門機関と対象者を橋渡しする役割だ。
家族の話をじっくり聞き、実態を調査する=初動対応
自室のドアを開け、本人に会って話(説得)をする=介入
各専門機関(専門家)をコーディネートし、つなげる=連携
本来であればこの役割は、精神保健分野の主管行政機関である、保健所や精神保健福祉センターこそが担うべきである。しかし、保健所や精神保健福祉センターにも人手や財源の問題がある。ただでさえ家族からの相談が殺到する中で、説得や移送まで請け負ってくれ、というのは限界がある。
それに彼ら職員にしてみれば、対象者が急性期(精神状態が悪化し、命の危険を伴う状況)の症状を呈している可能性が高いとなればこそ、危機管理やコンプライアンス(自分たちの身の安全も含む)を優先せざるを得ないこともあるだろう。
「初動対応・介入・連携」は、いわば現場の最前線であり、危機管理・コンプライアンスだけでなく、危険予防にも特化した訓練やマニュアルも必要だ。
現在の仕組みでは、それができるスペシャリストの存在もなく、支援・育成をするような体制もないのである。
よって、対応困難な案件ほど、どの専門機関も曖昧な返答で退けざるを得ず、「初動対応・介入・連携」という最も重要な部分の判断、役割のすべては、家族に委ねられてしまっている。だからこそ、事件や事故が起きるまで問題が放置され、110番通報で警察が介入するしかない、という事態になっているのだ。
主管行政機関である保健所、精神保健福祉センター(厚労省)と、現時点で実質的に多くの現場対応を行っている警察とが情報やノウハウ、人材を提供しあい、「初動対応・介入・連携」を担うスペシャリスト集団を作ってほしい。
そしていずれ、俺のような存在が必要なくなること。それが俺の、切なる願いだ。
この提言に至るまでの背景や、詳しい内容は著書に書いているので、興味がある方はぜひ、ご一読ください。